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【第24回名作劇場 読書会開催レポート ~『地下室の手記』フョードル・ドストエフスキー ~】

課題図書:『地下室の手記』フョードル・ドストエフスキー

【第24回名作劇場 読書会開催レポート 】

2019年6月22日(土)18時30分~20時30分 @ 銀座珈琲 数寄屋橋店

『地下室の手記』フョードル・ドストエフスキー

1864年、ドストエフスキー43歳のときの作品。

― 誰にも愛されたことがない。人を愛したこともない。世間から軽蔑され虫けらのように扱われた男は、自分を笑った世界を笑い返すため、自意識という「地下室」に潜る。社会から隔離された暗闇の部屋で綴られる、どす黒き魂の軌跡。 ―

6月は、ドストエフスキーの『地下室の手記』を課題図書に、読書会を開催いたしました。 挫折本と名高い作品なので、キャンセルが出るかななんて思っていましたが、脱落者は出ず全員参加、素晴らしい! ツッコみどころが多く読書会向きの作品だと思ったとおり、みなさんのおかげで笑いの絶えない楽しい読書会になりました!

※※ 以下、ネタバレを含みますのでご注意ください ※※

(新潮文庫 江川 卓 訳 から引用)

■ 2部構成

『地下室の手記』は、第1部が現在の主人公の独白、第2部が地下室に引きこもるまでの回想になっています。 脱落者が続出するのがこの第1部。参加者の中でも過去に挫折したという方が2名いらっしゃいました。 私も第1部を読み始めて「あ、開催できないかも」と危険を感じ、ひとまず理解することは諦めて、はいはい何か言ってるなーくらいで読み進めました(笑) みなさんも、

・意識が何度か飛んだ ・ハテナマークが続く ・何を読まされているのかという苦行感 ・何言ってんだコイツ

と、苦しんだようで何よりです(笑) 一方で、第1部の方が好きという方もいました。 ・「ドストエフスキーの全作品を解く鍵」と評されるように、ドストエフスキーの原点だったり、後の作品に通じるエッセンスを感じた ・社会人になって再読したら、より第1部に共感できた

第2部の回想編は、抱腹絶倒のエピソードが続き、第1部の読み辛さが嘘のようにスラスラ進みます。 ・1周回って、もはやギャグ小説 ・1部あっての2部が活きてくる ・2部で第三者が登場して物語が動く ・1部で主人公は頭が良いのか判断できかねていたが、2部の第三者との絡みで「あ、やっぱりヤバイ奴だった」となり、笑っていいんだと思った という意見が出ました。

■ 最高のアンチ・ヒーロー

「世界が破滅するのと、このぼくが茶を飲めなくなるのと、どっちを取るかって?聞かしてやろうか、世界なんか破滅したって、ぼくがいつも茶を飲めれば、それでいいのさ」(230頁)

どこぞの悪役のような台詞を、気になる女性に放ってしまうのが我らの主人公! 読書会でも主人公への容赦ないツッコみが止まりませんでした。 ・THE・イタイ奴 ・孤高な自分に酔っている感 ・自意識を克服できなかった男 ・主人公の頭の中で、現実と妄想が混ざっていそうで、途中で頭がおかしくなっているんじゃないかとすら思った ・陽キャになりたかった陰キャ ・自分でフラグを立てにいく ・ひとり遊びが得意 ・やること成すこと「そうじゃない感」 ・賢いは賢い、けれど机上の空論 ・学生時代から成長できずに自己完結してしまった  ・両親がいないから帰る場所がなく、他人にも疑心暗鬼になっている ・好かれなければ嫌われることもないから、自分が傷つかないようにああした態度をとっているのでは ・周りに異様に関心があるけど、周りからは関心を向けられない ・相手を征服しようとする屈折した愛情

と、“アンチ・ヒーローの全特徴をことさら寄せ集めた” ような主人公ですが、人一倍高いプライドからは劣等感も見え隠れしています。

《 ぼくは、だれよりも聡明で、だれよりも知的で、だれよりも高尚だ、それは当りまえのことだが、そのくせぼくは、のべつみんなに道を譲り、みんなから辱しめられ、いやしめられている一匹の蠅にすぎないのだ。》(96頁)

みなさんからも、「主人公は自分の欠点に気付いている」「自分の存在を認めてもらうことを渇望している」という意見が出ました。 ・自分の理想と現実が一致しない滑稽さと悲劇 ・なりたい自分と本当の自分がかけ離れていることには気付いている ・自分のことは理解しているけど、自分をコントロールできていない ・自己評価と他人からの評価がイコールじゃない ・存在を認められなかった寂しさ ・周りからはピンのように思われている存在。自分は人間であると証明したかった ・抜け出せない負のループ。踏み出さないからいつまでも自分の中で堂々巡り

■ 誰もが持つ心の地下室

《ああ、諸君、ぼくが自分を賢い人間とみなしているのは、ただただ、ぼくが生涯、何もはじめず、何もやりとげなかった、それだけの理由からかもしれないのである。》(35頁)

作品を読んでいて、いたたまれない気持ちにさせられるのは、主人公ほど重症じゃないにしろ、似たような恨みや妬み、劣等感からくる自尊心を少なからず自分も持っているからだと思います。 蓋をしている自分の醜い感情をこれでもかと晒されているようで、主人公ばかりを笑っていられなくなります。 みなさんからも、「共感/身につまされる/思い当たる箇所があって落ち込む」といった声が出ました。 私たちの心の内部にも「地下室」が存在していて、他人には知られたくない自意識が潜んでいるのだと思います。

また、読書会では主人公の「人間らしさ」も話題になりました。 ・人間を感じた ・人間て変わらないなぁ ・人間は「自分たちは何なのか」と自問しながら生きている ・人間らしい矛盾 なんだかんだ言いながらもこの主人公に愛着が湧いてしまうのは、彼がどこまでも人間らしいからなのかもしれません。

読書会で盛り上がった名場面

①自分がどくか、相手に道を譲るか 肩をぶつけるだけで積年の恨みが晴れて、勝利とすら思えるのは一種の才能かもしれません。 (個人的に、決戦に備えて、外套の襟をアライグマからビーバーに変えるくだりも大変好みです。)

②招かざる客 招かれていないのに天敵の送別会へ番乗り。開始時間の変更を知らされず、時間待ち続けちゃうところもポイントが高いですね。 さらに、送別会で場をシラけさせた後、仲間に入れてもらえず、テーブルから煖炉まで無言で3時間ウロウロする精神攻撃。

③下男アポロンとの闘い 完全に精神的に主従逆転した関係。

④「なんだか、あなたは…まるで本を読んでいるみたいで」 ベスト・オブ・言われたら超恥ずかしい台詞!

◆◆◆ 参加者イチオシの一文 ◆◆◆

* ぼくは意地悪どころか、結局、何者にもなれなかった ― 意地悪にも、お人好しにも、卑劣漢にも、正直者にも、英雄にも、虫けらにも。かくていま、ぼくは自分の片隅にひきこもって、残された人生を生きながら、およそ愚にもつかないひねくれた気休めに、わずかに刺戟を見出している、―(9頁)

― 自分以外のものを憎みながらも、認められたい。でもそれが叶わずに、良いものにも悪いものにもなれず、自分だけが自分を知っているという彼の寂しさが好ましい。

* なぜといって、人間のしてきたことといえば、ただひとつ、人間がたえず自分に向って、自分は人間であって、たんなるピンではないぞ、と証明しつづけてきたことに尽きるようにも思えるからだ。(58頁)

― 主人公の思考、行動は屈折しているものではあるけれども、追い求めていたのはこの一文に表れていると感じた。共感できる部分も、この一文に込められている理由からであると思った。

* 二二が四などというのは、ぼくにいわせれば、破廉恥以外の何物でもない。(63頁)

― 滑稽だけどこか憎めない、この作品らしい大げさなところが印象的。

* 二二が四などというのは、ぼくにいわせれば、破廉恥以外の何物でもない。二二が四などというやつが、おつに気取って、両手を腰に、諸君の行手に立ちはだかって、ぺっぺと唾を吐いている図だ。二二が四がすばらしいものだということには、ぼくにも異論がない。しかし、讃めるついでに言っておけば、二二が五だって、ときには、なかなか愛すべきものではないのだろうか。(63頁)

― 作中で一、二を争う迷言なんだけど、たしかに答えだけが正解ではないし、「理性ではなく自分の意志で生きよう」という主張にも共感は出来る。この主人公も、ときにはなかなか愛すべきアンチヒーローかもしれない。

* 結局のところ、諸君、何もしないのがいちばんいいのだ!意識的な惰性がいちばん!だから、地下室万歳!(69頁)

― このすぐ後で彼は、この考えを否定しますが、なんだかんだでやはりこの一文に彼の思想の終着点があるように思われます。彼は結局は踏み出さない。踏み出さない限り、人間は万能でいられます。その精神的な万能さが自意識と現実との摩擦による苦しみを生み出すのだと思います。

* 現代のちゃんとした人間は、すべて臆病者で、奴隷であるし、そうでなければならないものなのだ。(82頁)

― 人間の社会(人間が作った社会)で、無難に生きていく上での不変の心理だと思います。この一文で人間て変わらないなと感じました。

* でもたしかに、その時俺は、俺の人生になにか急激な転機がやって来る、それも必ずや今日やって来るに違いないと、信じていたのだ。人生に不慣れなせいか、俺は生涯常に、たとえごく些細な出来事であれ、なにか少しでも外からの出来事に出遭うと、そのたびに今すぐにでも俺の人生には急激な転機が訪れるに違いない、という気がしたものだ。それでも勤めには普段どおり出かけたが、夜の準備のために、二時間早退けして帰宅した。(光文社古典新訳文庫 安岡治子訳 136頁)

― あるある、と胸に刺さった後の笑いがこの作品らしい。

* それは、どこかの医学生か、まあそういった種類の男から彼女に送られてきた手紙で、おそろしく仰々しい、はなやかな文章でつづられていたが、そのくせひどく丁重な恋の告白だった。言いまわしはもう忘れたが、調子の高い言葉の端々に作りものではだせない真実の感情がのぞいていたことを、よくおぼえている。(197頁)

― 気持ちの込もった言葉というのは、口で発するのでも文字に起こすでも、不思議と印象に残るものというのがよく分かる一文だと思いました。全体として言葉を弄する主人公とのコントラストも相まってより強くそう感じられました。

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読書会では終始、主人公イジリで盛り上がってしまいました。 もう少し真面目に、主人公やドストエフスキーの思考を掘り下げるべきだったのかも? いや、それはどこか他の読書会さんにお任せしましょう。 二次会でも主人公の自意識と復讐がネタになって、大変楽しかったです(笑)

ご参加くださった皆さま、楽しい時間をありがとうございました!

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