【第25回名作劇場 読書会開催レポート ~『七人の使者・神を見た犬 他十三篇』ディーノ・ブッツァーティ ~】
課題図書:『七人の使者・神を見た犬 他十三篇(岩波文庫)』ディーノ・ブッツァーティ

【第25回名作劇場 読書会開催レポート 】
2019年7月14日(日)10時30分~12時30分
@ ライブラリーショップ&カフェ日比谷
7月は、ブッツァーティの『七人の使者・神を見た犬 他十三篇』を課題図書に、読書会を開催しました。
※※ 以下、ネタバレを含みますのでご注意ください ※※
(岩波文庫 脇 功 訳 から引用)
個人的に、なにが起きたか分からないまま放り出される不条理さ、シニカルな視点の根底にあるブッツァーティのあたたかな眼差しが大変好みでした。
ブッツァーティの作品に多くみられる共通のテーマは、「残酷な時の流れ」かと思います。
為すすべもなく過ぎゆく時間を前に、人間はなんと無力な存在か。一見突拍子もない設定なのに共感を誘うのは、失われた時間や残された時間に対する無力感や焦燥感が、普遍的なものだからでしょうね。
作中の彼らは、不安や焦燥感に襲われながらも、引き返すことも列車を降りることもしません。
今にも消えてしまいそうな微かな光かもしれないけれど、進み続ける限り消えない希望がそこにはあるのだと思います。
まずはみなさんに、ブッツァーティを読んだ感想を伺いました。
・不安をそのままに置いてきぼりをくらう読後感
・でも不思議と読後感は悪くない
・とにかくたどりつかない
・平易な文章で読みやすいけれど奥行きがある
・カフカを読んでいる感覚
・カフカは不条理すぎてついていけないけど、ブッツァーティはあり得なくもないような設定
・メタファーを駆使して、日常的なことを人生レベルに持ち上げる上手さ
・同じようなテーマを扱っているので、引き出しは少ない
・人生における満たされない思い
・人間の視点が外にあるような描き方が多い
・ありえない設定を使って普遍的なことを伝えている
・読者が読んで考えて立体的になる作品
・イタリア人は陽気なイメージだけど、意外に秘密主義
・数字が象徴的な作品が多い=枠に囚われていることの暗示か
・作者の主張は控えめ、主観が入りすぎていない
・俯瞰的な視点で人間の愚かさを描くと同時に、人間に対するあたたかい眼差しも感じる
・肯定的なのか否定的なのか、上なのか下なのか、どう読めばいいか戸惑う作品も多いが、あえて余白をもたせて読者に委ねている感じ
岩波文庫には15作が収録されていますが、読書会で全部をやるには時間が足りなかったので、みなさんに好きな4作品を選んでもらい、人気上位4作について主に語り合いました。
まずは投票結果から…
見事に参加者全員の票を集めたのは『急行列車』でした!
1位 『急行列車』9票
2位 『七階』7票
3位 『神を見た犬』5票
4位 『なにかが起こった』4票
5位 『七人の使者』3票
5位 『マント』3票
5位 『聖者たち』3票
8位 『竜退治』2票
8位 『水滴』2票
10位 『大護送隊襲撃』1票
10位 『それでも戸を叩く』1票
10位 『円盤が舞い下りた』1票
10位 『自動車のペスト』1票
14位 『山崩れ』0票
14位 『道路開通式』0票
◇◇『急行列車』 ◇◇
― 「とてつもない目的地」を目指し、急行列車に乗り込んだ主人公。最初の駅には予定どおりの時間に到着したものの、だんだんと列車が遅れて… ―
・急行列車=旅=人生、一度乗ったら引き返すことも降りることもできない ・未来予想図は描いたとおりにはならない、切なさと愚かさ ・車窓から見た流れる景色を読んでいるような感覚 ・急行列車という文明を感じるスピード感 ・間に合わない、たどり着かない焦燥感 ・母親だけが待っていてくれたシーンが切ないけれど良い ・主人公を哀れな敗者としては描いていない ・停車駅でそれぞれ待つ人が「仕事、恋人、家族」という社会の一般的な成功を暗示していると思うが、主人公はすべて通過してしまう ・終着点は死か ・最後の主人公の言葉は、悲痛な叫びでもあり、ともに進む同志への呼びかけにも思えた
◇◇『七階』 ◇◇
― 主人公が入院した病院は、症状の重さによって階が分けられており、一番症状の軽い患者は七階、重い患者ほど下の階へ収容されていた。七階に入院していた主人公は、病院の都合や手違いで、どんどん下の階に移されてゆき ―
・設定とアイディア勝ち
・抗えない運命
・俯瞰的な視点
・ナチズム、全体主義の影響を感じた
・所属にこだわる人間の愚かさ
・真面目な人が道化役になっている皮肉
・展開は予想できるけど、一階までどう降りていくかが面白い
・病院側の説得や理屈が巧みで、思わず「うん」と言ってしまいそう
・行きっぱなし。日めくりカレンダーのよう
・主人公はちゃんと抵抗しているのに、悪化していくところが怖い
・蟻地獄な状況。もがくから落ちていった。状況を受け入れていれば好転したかも?
・「なりたくない、行きたくない」と思えば思うほど、そうなってしまう運命のいたずら
・ブラインドが下りるから死ぬのか、死んだからブラインドが下りるのか…
◇◇『神を見た犬』 ◇◇
― 不信心な住民が多く住む町のはずれに、犬を連れた隠者がやってきた。やがて隠者が亡くなったとき、辺りは光に包まれた。犬が“神の光”を見たと思った住民たちは、犬の視線に神を感じ、自堕落な暮らしを改めはじめるが… ―
・「見られているから悪いことをしない」のは正しいのか ・仏教とカトリックの違いを感じた ・キリスト教を表している?隠者はキリスト、復活して犬になったのか ・宗教は、必ずしも立派な人たちだけが広めたわけではなく、こうして負の感情からも布教したのかもしれない ・パン屋のおじさんの小市民感、「人代表」な感じが良い ・神を信じない人々が、犬を通して神の存在を強烈に意識しているのが面白い ・人は思い込みなしには生きられない、勝手に想像力を膨らませて怖がっている ・信仰心は、きっと誰しも根本的には持っていると思う ・時代的に、犬はちっぽけな存在だったはず。その犬を神に仕立てようと考えたのが斬新 ・銃を通じて、犬と隠者を結びつけて奇跡を表している ・人間が持つ万能感を否定し、畏怖の念を失うことに対して警告している
◇◇『なにかが起こった』 ◇◇
― 北に向かう特急列車に乗った主人公が窓の外を眺めていると、外にいる誰もが大慌てで列車の進行方向とは逆の南へ逃げていくのに気づく。災害か悪疫か戦争か、不安に陥る乗客たちだったが ―
・終わり方が最高! ・感覚を小説にしたような作品 ・分からないことが1番怖い ・ムンクの「叫び」の絵が浮かんだ ・オチを書かないのは、無しだとは思うけど効果的。 ・会話しない、交流しないことで生まれる不安と恐怖 ・マクロで見たら恐怖だけど、ミクロで見たらどうか ・最後の女性は、駅にもともといたのか、列車から降りてきて何かに気付いたのか?
この作品は特に、自分では思いもよらなかった読み方をみなさんがされていて、「なるほど!」と思う点が多かったです。 「列車の乗客=上流階級(富裕層)、外で逃げる人=庶民(貧しい人)を表しているのでは?」という意見が出たのですが、そうして読むと、 ・庶民の方が背負うものも少ないから、すぐに逃げられる。
・上流階級の乗客はいろいろなものに囚われて、逃げ遅れている。 ・上流階級の乗客たちは、乗客同士で不安を分かち合おうとせずふんぞり返っているから、何が起きたか分からないまま。 ・外の庶民たちはコミュニケーションをとっているから、何が起きているか状況を把握し、行動できている
結論:富裕層ざまあ小説かもしれない ( ! ) 。
◆◆◆ 参加者イチオシの一文 ◆◆◆
今回は、15作のうち好きな作品から、みなさんにイチオシの文章を選んでいただきました。
*「私の言うのは医・者・としてではなく、真・の・友・人・としての単なる意見です。(『七階』55頁)
― 全体主義的な押しつけ、恐怖を感じる一文だった。悲劇と喜劇が同時に成立している面白い作品でした。
* この世界にからくも残存していたその異物を抹消したのは人間だった、(略)それを殺したのは人間であり、非難するのは間違いだろう。(『竜退治』138頁)
― 今回の読書会に参加して確信を深めましたが、作者は信仰心の非常に深い、情熱的な人間だと思います。その作者の現代への嘆きと諦念がこの一文に込められていると思います。
* 水滴がひとつ階段を一段一段昇ってくる。聞こえますか?(『水滴』140頁)
― たまらない書き出し。ただの水滴、だから怖い。日常で感じるふとした不安や違和感がよく表れている。
* 木の十字架の下、隠者の墓の真上に、小さな骸骨が横たわっている。雪や雨や風のために骨はすっかりすり減って、繊条細工のように細く白くなっていた。(『神を見た犬』199頁)
― ちっぽけなものに振り回されて生きる村の人々の愚かさと滑稽さ。その実態は何でもなかった、という象徴的な一文だと思いました。
* 確かにそれは異様な光景だった。(略)そして二人の火星人はベッドの上に立っていた、(略)それで彼らは断りきれずにベッドの上にあがることはあがったが、そこに突っ立ったまま、頭の房をいっそう逆立て、揺り動かしていた。
「よく聞きなされ、ブラシみたいな衆よ!」(『円盤が舞い降りた』231頁)
― 火星人の可愛らしさがよく伝わってきたので。
* 降りしきる雪の下、人気のないプラットフォームに悲しげにじっと立ちつくす小さな姿、やがてそれは顔もさだかでない黒い点となり、広大な宇宙の中の微小な蟻のようになり、そしてたちまちに無の中に消えてしまった。さようなら。(『急行列車』257頁)
― 視野が地上から空へと拡がっていく感じが印象的。移りゆく世の儚さを表現している。母が小さくなっていく切なさも沁みいる文章。
* どこへ?終着駅まではどのくらい遠いのか?一体そこへ着けるものだろうか?どこへ、どこへ煙草を入れたっけ?ああ、ここだ、上着のポケットの中だ。確かに、もう引き返すことは出来はしないのだ。(『急行列車』258頁)
― 人間の一生を表現しているようでギクッとした。
* 力を出して、機関手さん、最後の石炭を火の中に投げ込み、軋みを立てるこのおんぼろ列車を飛ぶように駆けさせて下さい、お願いだ、おぼえていますか?まだわずかにかつてのあの蒸気機関車の面影をとどめてはいるものの(略)もしかすると明日は到着できるかも知れないのだから。(『急行列車』258頁)
― 淡々とした文が続く中で、この人間味あふれる描写が小説らしさを映していて、心に響く。
* まだわずかにかつてのあの蒸気機関車の面影をとどめてはいるものの、ぎしぎし軋むこのがらくたを猛スピードで驀進させて下さい、夜の中を逆落としに。(『急行列車』258頁)
― 寂寞、滅びへと向かっていく急行列車を、それでももう一度すさまじいエネルギーで驀進させたいという灰になっていない情熱。シンプルに美しくカッコイイ。
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ご参加くださった皆さま、楽しい時間をありがとうございました!