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【第18回名作劇場 読書会開催レポート ~『ドリアン・グレイの肖像』オスカー・ワイルド ~】

課題図書:『ドリアン・グレイの肖像』オスカー・ワイルド


【第18回名作劇場 読書会開催レポート 】

2018年12月22日(土)10時00分~ @ 銀座珈琲 数寄屋橋店

『ドリアン・グレイの肖像』オスカー・ワイルド

1890年、ワイルド36歳のときの作品。

― 美貌の青年ドリアンと彼に魅了される画家バジル。そしてドリアンを自分の色に染めようとする快楽主義者のヘンリー卿。卿に感化され、快楽に耽り堕落していくドリアンは、その肖像画だけが醜く変貌し、本人は美貌と若さを失うことはなかったが… ―

※※ 以下、ネタバレを含みますのでご注意ください ※※

(光文社古典新訳文庫 仁木めぐみ 訳(2版)から引用)

2018年12月は、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』を課題図書に、読書会を開催しました。

オスカー・ワイルドは「世紀末のダンディ」と呼ばれた、19世紀末のイギリス文学界を代表する作家です。

名言集などでオスカー・ワイルドの言葉を度々見かけますが、本作はまさにワイルド名言集だと思いました。

気になる文章をチェックしていたら、本が付箋だらけに…

◆◆◆ 三人の男 ◆◆◆

主要登場人物のドリアン、ヘンリー、バジルのそれぞれに、ワイルド自身が表れているそうで、ワイルドは知人への手紙の中で次のように書いています。 「この本には私の多くが含まれている。バジルは私が自分だと思う人物だ。ヘンリーは世間が私だと思っている人物である。そしてドリアンは私がなりたいと思う人物だ」 これを踏まえてそれぞれの人物像を考えてみると、また興味深いですね。

参加者のみなさんからも、3人の印象について色々な意見をいただきました。

■ドリアン・グレイ

・純粋すぎたのか

・ヘンリーの影響を受けまくる自我の無さ

・自己愛、若さ、美への執着。年を取らないのは怖い…

・ドリアンの周りには変質的な人が集まりそう

・シヴィルへの暴言。「顔がキレイなだけ」なのはお前もな!

・改心しようとするけど、もはや許されなかった

・若さを保つには死しかなかった

・実写化イメージは、映画「ベニスに死す」の美少年タジオ 

■ヘンリー・ウォットン卿

・カリスマ ・サイコパス ・冷笑主義者 ・何も知らない人に影響を与えまくる ・近くにいたら嫌だ、面倒くさそう ・ぺらぺらぺらぺら…無責任に建前でしゃべっている ・すべてを茶化して、他人を心理学上の観察対象としてしか見られない寂しい人 ・観察や分析はしているけど、ドリアンのことも結局は理解できておらず、人間の本質は分かっていないのでは

■バジル・ホールワード

みなさんからは、常識的で善良なバジルに対しては、特に意見が出ませんでした(笑)

友達のヘンリーとドリアンからも「退屈な男」呼ばわりされていますが、そんなバジルを、ワイルドが「自分だと思う人物」に挙げたのは面白いですよね。

私は、ワイルドのコンプレックスや同性への秘めた思いが、バジルに込められていると感じました。

◆◆◆ 読書会で出たその他の意見 ◆◆◆

・会話の中に人生の真実が見える ・学生の頃に読んだときは三流ホラーだと思ったが、再読して、人物描写や台詞で一流の文学になっていると思った ・エンターテインメント ・ストーリーはシンプルで読みやすい ・途中からホラー ・ヘンリーの台詞=ワイルドの言葉 ・イギリス人特有の皮肉 ・逆説のオスカー節 ・序文からカッコいい ・貴族の会話が全部こんな感じだったら超面倒くさい

◆◆◆ 参加者イチオシの一文 ◆◆◆

今回はひとり2か所ずつ、お好きな文章を選んでいただきました。

*「人に影響を与えるというのは、その相手に自分の魂を与えることだからですよ」(41頁)

― テーマが端的に表れている。

* 自分の言葉がドリアンに突然与えた印象に驚き、そして自分が16歳の時に読んだ本を思い出した。彼が知らずにいた世界を突然教えてくれた本だ。(45頁)

― 自分がなんで本を読むのかという思いと重なる。本で世界が変わる読書経験を思い出した 。

*「魂を癒せるのは感覚だけだ」(47頁)

 ― 知識だけではなく、感覚で癒される。的確な表現。

*「感覚によって魂を癒し、魂によって感覚を癒すのだ」(47頁)

― 目には見えないもの。なんだか深い。

*「なんと悲しいことなんだ!僕は歳を取っていく。そしておそろしく醜い姿になっていく。 この絵は若さを失わない。(略) いつまでも若さを失わないのが僕のほうで、この絵が老いていけばいいのに!そのためなら、この世の何だって差し出す!魂だって差し出すよ!」(56頁)

― 当たり前のことをすごく悲しんでいる。

*「ああ、ドリアン、女に天才はいないよ。女というのは装飾的な生き物だ。彼女たちの話に内容はないが、魅力的なしゃべり方をする。女は精神に対する物質の勝利を体現しているんだ 。ちょうど男が、道徳に対する精神の勝利を体現しているのと同じようにね」(98頁)

― 村上春樹的なまわりくどい感じ。

*「彼らが一途さとか貞節とか呼んでいるものは、習慣による惰性か想像力の欠如だ。感情生活において誠実であるということは、知的生活において変化がないのと同じだ。― 単なる失敗の告白だよ」(102頁)

― 現状に甘んじる自分に刺さる言葉。

* 人間の生活、それこそが唯一研究する価値があると思えたのだ。(116頁)

― 自分が小説を読む動機。人のことを知りたいと思うから小説を読む。

*「シビル・ヴェインの手に触れられたら、あなたも、あなたの誤った、魅惑的で、毒のある 、喜びに満ちた論理もすべて忘れてしまったんだ」(154頁)

― ヘンリー卿に対するドリアンの言葉。教養も芸術も恋にはかなわない。

*「悲しい事実だが、我々はものに美しい名前をつける能力を失ってしまったんだよ。(略) 鍬を鍬と呼べるような男は鍬を使わせておけばいい。そんな男にむいていることは他にない」」(362頁)

― 鍬を鍬と呼んでしまう私は凡人です。ワイルド先生なら、はたして鍬を何と呼ぶのでしょうか。

*「僕は幸せを求めたことはありません。誰が求めるのですか?僕は快楽を求めているのです」(369頁)

― 幸福と快楽を区別するドリアン、さすが!

*「君は人間が望めるほぼすべてを持っている。君と入れ替われるといったら喜ばない者なんていないよ」

「僕は誰とでもいいから入れ替わりたいよ」(380頁)

― 理解し合えていない、滑稽な感じが良い。平行線な関係。

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ドリアンの肖像画は、「自身を写す鏡」「良心」という意見が出ましたが、自分の顔は自分で見ることができず、もしかしたら、日々浮かんでいる表情は自分が思っているものと全然違うかもしれません。

良心が絵に表れるのだとしたら、自分の肖像画も歪んでやいないかと考えてし まいました…

今回は、2018年の締めくくりの回でした。

今回ご参加いただいたみなさま、2018年中にご参加いただいたみなさま、ありがとうございました!

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