【第17回名作劇場 読書会開催レポート ~『はつ恋』ツルゲーネフ ~】
課題図書:『はつ恋』ツルゲーネフ
【第17回名作劇場 読書会開催レポート 】
2018年11月17日(土)10時15分~ @ ライブラリーショップ&カフェ日比谷
『はつ恋』ツルゲーネフ
1860年、ツルゲーネフ42歳のときの作品。
― 年上の令嬢ジナイーダに生れて初めての恋をした16歳のウラジミール。深い憂愁を漂わせて語られる、青春時代の甘美な恋の追憶。―
※※ 以下、ネタバレを含みますのでご注意ください。 ※※
(新潮文庫 神西 清 訳 (101刷) から引用)
11月は、ツルゲーネフの『はつ恋』を課題図書に、読書会を開催しました。
ドストエフスキー、トルストイと並んで、19世紀ロシア文学を代表する文豪ツルゲーネフ。当読書会で初めてのロシア文学でしたが、参加いただいたみなさんからは読みやすかったという声が多かったです。誰もが経験したであろう「青春」「初恋」がテーマになっているのも、読み継がれている理由なのでしょうね。
物語の冒頭同様に、「めいめい、自分の初恋の話をするのですよ」と切り出そうかと思いましたが、初めましての方に引かれそうなので自重しました…
■ジナイーダと崇拝者たち
ジナイーダの印象として、参加者のみなさんからは、
・完璧な美人ではない魅力
・暴力的な魅力
・魔性の女
・男の人を選んで決められない
・同性からは嫌われそう
・当時の21歳にしては幼い感じ
などの意見が出ました。
ジナイーダは現代の「会えるYouTuber」「地下アイドル」的存在、という例えも出たのですが、分かる気がします(笑)。手に届きそうで届かない感じが、必死にさせてしまうんでしょうかねぇ…
ところで、ウラジミールがジナイーダに初めて会う場面では、みなさんからツッコみが。 “ そのまわりには四人の青年がぎっしり寄り合って、そして少女は順ぐりに青年たちのおでこを、小さな灰色の花の束で叩いているのだった。” (12頁) おでこを花で叩かれて嬉しそうな男たち、これを見てひと目惚れしてしまうウラジミール君、シュールですね。 その後も「罰金ごっこ(笑)」に明け暮れるジナイーダ御一行なのでした。
■それぞれの初恋 “……南無三!それはわたしの父だった。” (105頁)
ウラジミール君には申し訳ないですが、私はこのくだりで笑わせてもらいました。
ナイフを手に見張っていたら現れたのが父親だなんて…なんということでしょう!笑
すごいのは、そこでウラジミールの目が覚めるかと思いきや、変わらずジナイーダを想い続けたことですよね。
冒頭で、40歳前後になったウラジミールがまだ独身であることが分かります。
みなさんからも出ましたが、きっとこの初恋がウラジミールの最初で最後の恋だったのではないでしょうか。
“ わたしは、またいつかそれが繰返されることを望みはしなかった。とはいえ、もしついぞ一度もそのキスの味わいを知らなかったら、わたしは自分をよくよくの不仕合せ者と思ったことだろう。” (117頁)
たとえ報われなくても、もう恋をすることがなかったとしても、たった1度の恋だけでウラジミールは幸せだったのでしょうね。
ジナイーダにとってもウラジミール父が初恋だったのでは、という意見も出ました。父親を亡くしているジナイーダにとって、憧れも混ざった感情であったのではと。
恋に落ちたジナイーダが、「ますます奇妙な、えたいの知れない娘」になっていき、さぞ崇拝者たちはドキドキしたことでしょう。
そしてドキドキといえば、鞭のシーン!もろもろのツッコみは置いておいて(笑)、ジナイーダの強さや美しさが伝わる場面だったのではないでしょうか。
父親が亡くなる前にジナイーダからの手紙を受け取って泣いた場面で、私は「もしや父もジナイーダには本気だった?」と思ったのですが、みなさんからは全否定でした。信用ないな、父…。
■父と子
ウラジミールの父親については、 ・こじらせている ・父親にはなれない人 ・自分が1番でいたい人 ・父の魅力がもっと描かれていたらより面白かった という意見が出ました。
ウラジミールと父親の微妙な距離感が描かれていて、「父と子の関係」もこの作品のテーマのひとつになっているかと思います。 “ 父としては私や家庭生活なんぞを、顧みるひまがなかったということである。父は、ある別のものを愛していて、その別のもので、すっかり堪能していたのである。” (47頁) 子どもながらにそんな父親の性格に気づいてしまうのは悲しいですね… でも、ウラジミールはそんな父親をとても尊敬しています。
みなさんも疑問に思われたようですが、ジナイーダと父親の関係を知っても、ウラジミールの父親への尊敬が変わらないのが不思議でした。 親との距離が近くなった現代の私たちには、分からない感覚なのでしょうか。
◆◆◆ 参加者イチオシの一文 ◆◆◆
今回はじめて、3名の方がまったく同じ箇所を選ぶという、人気の文章がありました。
* 『あのひとにとって、わたしはなんだろう?』(30頁 )
― 恋ですね。わたしも自分ばかり “ あのひと ” のことを考えてしまうのです。
*「取れるだけ自分の手でつかめ。人の手にあやつられるな。自分が自分みずからのものであること ー 人生の妙趣はつまりそこだよ」(47頁)
― この台詞を言う父自身、気ままに振る舞いつつ何かにとらわれているんだなと感じた一文。
*「取れるだけ自分の手でつかめ。人の手にあやつられるな。自分が自分みずからのものであること ー 人生の妙趣はつまりそこだよ」(47頁)
― ジナイーダと恋をすることは父親として良くないことだが、父自身の力でジナイーダをつかんだことを言っていると思った。良くないことをしているが、言葉としてはかっこいいと思った。
*「取れるだけ自分の手でつかめ。人の手にあやつられるな。自分が自分みずからのものであること ー 人生の妙趣はつまりそこだよ」(47頁)
― 自分自身をふり返ってみると、「取れるだけ」ではなく、限度をこえて手でつかもうとしていて反省。あと「恋」という、取れるだけではなくたくさん欲しいと思い、他人にあやつられて、自分の人生が自分のものでなくなる皮肉さを象徴していて、それこそ「はつ恋」を表しているから。
* そう、わたしは見たのだ、この眼ではっきり見たのだ。ー 白っぽい巻きカーテンが、そっと用心ぶかく下ろされて、窓がまちのところまで下りきってしまうと、そのままじっと動かなくなった。(106頁)
― ショック。一生忘れられないと思う。
*わたしの首っ玉には、ネクタイの代りに、ジナイーダのリボンが結んであった。そしてわたしは、首尾よく彼女の胴をつかまえるたびに、歓喜の叫びをあげるのだった。彼女はわたしを、思うままにあやつっていたのだ。(110頁)
― 主人公とジナイーダが対等な関係ではないこと、主人公の恋が不幸せなものであることが伝わってくると同時に、主人公が幸福であることもわかるので印象的だった。
*ほんの束の間たち現われたわたしの初恋のまぼろしを、溜息の一吐き、うら悲しい感触の一息吹きをもって、見送るか見送らないかのあの頃は、わたしはなんという希望に満ちていただろう!何を待ちもうけていたことだろう!なんという豊かな未来を、心に描いていたことだろう!(130頁)
― ウラジミールにとっては、絶望ではなく、希望の初恋だったんだろうな。
個人的には、青春について描かれた最終22章もとても良いなと思いました。40になったウラジミールが振り返る青春が、切なくも美しく響きます。
* ああ、青春よ!青春よ!(略) 憂愁でさえ、お前にとっては慰めだ。悲哀でさえ、お前には似つかわしい。(略) ひょっとすると、お前の魅力はつまるところ、一切を成しうることにあるのではなくて、一切を成しうると考えることができるところに、あるのかもしれない。(130頁)
* わたしの期待したことのなかで、いったい何が実現しただろうか?今、わたしの人生の夕べの影がすでに射し始めた時になってみると、あのみるみるうちに過ぎてしまった朝まだきの春の雷雨の思い出ほどに、すがすがしくも懐かしいものが、ほかに何か残っているだろうか?(131頁)
-----------------------------------------------
大人になったウラジミールが、手帳に書いた自分の初恋を読み聞かせるという形式で語られる『はつ恋』。 最後は回想からまた現在に戻るのかと思ったら、そのまま終わりましたね。
ウラジミールが読み終えた後で、聞いているみんなが寝ちゃってたら面白かったという意見も出て、私はそれはそれで洒落たオチだと思いました(笑)
ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました!