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【第14回名作劇場 読書会開催レポート ~『城の崎にて・小僧の神様』志賀直哉 ~】

課題図書:『城の崎にて・小僧の神様』志賀直哉


【第14回名作劇場 読書会開催レポート 】

2018年7月21日(土) 10時15分~ @ 神保町ブックセンター内カフェ

7月は、志賀直哉の『城の崎にて』と『小僧の神様』の2作品を課題図書に、読書会を開催しました。 前回の読書会で、「読んだことがないけど読みたい作家(作品)」として話題に上がり、早速読んだところ、「小説の神様?」状態になってしまったため、他の方の感想を聞かねばと課題図書に決定しました。

※※ 以下、ネタバレを含みますのでご注意ください。 ※※

(新潮文庫 (84刷) から引用)

◆◆◆『城の崎にて』◆◆◆

(1917年、34歳のときの作品)

― 交通事故で九死に一生を得た主人公が、療養先で幾つかの死に遭遇し、死生観を語る心境小説。―

まず、書き出しがなかなかのインパクトなのですが… < 山の手線の電車に跳飛ばされて怪我をした > この作品は、志賀直哉が30歳のときに、実際に山手線の電車にはねられて重傷を負い、養生のために城崎温泉に滞在した体験が基になっています。 サラッと書かれた冒頭にツッコみたくなる読者を置いて、神様の筆は進みます。

それぞれの「死」 主人公は療養先で、蜂、鼠、蠑螈という3つの死を目撃し、それぞれの死に「淋しさ」を感じます。

①死んだ蜂 動かなくなったその姿は、淋しいけれど静かである。(療養中で満足に動けない自分と重ねている?)

②苦しむ鼠 死には、自分が願う静かさの前に苦しみが存在することを目の当たりにし、淋しい嫌な気持ちになる。 しかし、生きようと足掻く鼠は、電車にひかれたときに、生きるために様々なことをした自分の姿にも重なる。

③偶然死んだ蠑螈、偶然生きている自分 蠑螈が偶然死んだように、自分の生も偶然に成り立っている。偶然によって生死が分かれる生き物の淋しさを感じる。

みなさんからは、それぞれの死に対して、次のような意見が出ました。

・ 蜂の死が1番怖く感じた。仲間が死んでも全く気にせず、働き続ける蜂たち。自分が死んでもきっと悲しまれるのは一瞬のことで、世界は変わらず回っていくんだなと怖くなった。

・ もがく鼠に、死に直面した時にドタバタする人間味を感じた。

・ 蠑螈の死は偶然の出来事。誰にでも被害者・加害者になる可能性があるという意味にも読めた。

生と死

3つの死を通じて、主人公(=志賀直哉)の死生観が語られますが、後半の一文に、みなさんも共感されていました。

< 生きている事と死んで了っている事と、それは両極ではなかった。>

・ 生死の境を体験した者が感じるリアルさ

・ 死とは遠くないもの

・ 生死は紙一重である

・ 自分の生死も、実は大したことではない

など、死を身近に感じる声が多かったように思います。

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10頁ほどの短編なのに、考えれば考えるほど分からなくなったり、深読みをしてしまうこの作品ですが、参加者のひとりが終盤に放った「ヒマだったんだろうなぁ」という一言に、笑うとともに共感してしまいました。

わたしたちが難しく読み解こうとしているだけで、主人公(というか志賀直哉)の気持ちは、案外そんなものだったのかもしれません(笑)。

◆◆◆『小僧の神様』◆◆◆

(1920年、36歳のときの作品)

― 秤屋の小僧、仙吉のひそかな願いをかなえてくれたのは、見ず知らずの1人の客だった。―

あのオチはあり?なし?

やはり話題は驚きのオチから。「こういう風に書こうと思ったけどやーめた(意訳)」という、作者が登場しての筆を擱く宣言。個人的には、小僧の話にほっこりしていたところにこのオチがきて、びっくりというか笑ってしまいました 。そんなこと言われてもと(笑)。同時に、一気に現実に引き戻され、妙な読後感になりました。

みなさんからも色々な意見が出ました。

・ 斬新!

・ その前までだったら、小僧の希望につながる終わり方でキレイだったのに。

・ 作り物感を出したくなかったのでは。

・ お伽噺じゃないんだよ、と。

・ 志賀直哉の照れ隠し

・ 小説の神様ってそういうこと…? まさに作者=神!

どうとでも終わらせられたのに、あえてこう締めくくったことにこだわりを感じますし、やはり、このオチまでを含めての『小僧の神様』なんでしょうね。 Aが感じた淋しい、いやな気持ち

良いことをしたのに、淋しい、いやな気持ちになってしまうA。参加者の方々も、このモヤモヤしたAの感覚には「わかるわかる」と共感の声が多かったです。

「なぜAはそう感じたか」

・ 無意識な優越感への罪悪感

・「施し」と感じてしまったことへの罪悪感

・ どうしても上からの身分になってしまうから

・ 恩を売ってしまった、押し付けてしまったから

「良いことをしたはずなのに、罪悪感やくすぐったさを感じてしまうのは、日本人特有の感覚なのでは」と いう意見も出ました。たしかに、見せないことを美徳とする日本人だからこその感覚なのかもしれません。

■志賀直哉は「小説の神様」なのか ネタ的な「神」ではなく、夏目漱石や芥川龍之介、谷崎潤一郎など当時の文豪たちから絶賛され、「小説の神様」と称される志賀直哉。正直なところ、一読したときは何がどうすごいのか掴めなかったのですが、読み返すうちに、書けそうで書けない上手さが少し見えたような気がします。

みなさんの評価ポイント

・ わざとらしくなく、作者の企みを感じさせない素直さ

・ 少ないタッチで描ききる上手さ

・ 偶然で成り立つ世界を描き出している

・ この短さで共感させるのがすごい

読書会中、「共感」「偶然」という言葉がよく出たように思います。

うまく言い表せないけど分かる気持ち、不思議と味わったことのある感覚、それらを簡潔に表現して読者に共感させられるところが、小説の神様と呼ばれるひとつの理由なのかもしれませんね。

◆◆◆ 参加者イチオシの一文 ◆◆◆

今回は、2作のうちお好きな作品(または両方)から、イチオシの一文を選んでいただきました。

『城の崎にて』から----------------------------

自殺を知らない動物はいよいよ死に切るまではあの努力を続けなければならない。(33頁)

 ― 人間はいつ自死を知ったのかなぁ。自分の意思で生きたり死んだりを選べるのって自然なことじゃないよなぁ…と。

蠑螈だ。未だ濡れていて、それはいい色をしていた。(35頁)

 ― 「いい色」たった4文字でこれだけの情報を盛り込める文章テクニックと語彙選択のセンスがすごい! !

自分はそれに対し、感謝しなければ済まぬような気もした。然し実際喜びの感じは湧き上がっては来なかった。生きている事と死んで了っている事と、それは両極ではなかった。それ程に差はないような気がした 。もうかなり暗かった。視覚は遠い灯を感ずるだけだった。(36頁)

 ― 生死を分ける体験をした人間の死生観の変化。哲学的な問いかけをする部分が良いと思いました。

生きている事と死んで了っている事と、それは両極ではなかった。(36頁)

 ― 自分も地球の一部であることを実感して、自分も同じような感覚になった。

『小僧の神様』から----------------------------

「海苔巻はありませんか」(145頁)

 ― 小僧の渾身の一言!大人に囲まれながらひょっこり身を乗り出しているイメージが浮かぶ。愛しい。

若しかしたらお稲荷様かも知れない、と考えた。(145頁)

 ― 神様って実はそういうものではないかと、とても思う。

仙吉には「あの客」が益々忘れられないものになって行った。それが人間か超自然のものか、今は殆ど問題にならなかった、只無闇とありがたかった。(146頁)

 ― スピリチュアルな描写にちょっとロマンを感じました。

彼は悲しい時、苦しい時に必ず「あの客」を想った。それは想うだけで或慰めになった。(146頁)

 ― 善い出来事を純粋に希望と受け止める小僧さんの心が好きです。

彼は悲しい時、苦しい時に必ず「あの客」を想った。(146頁)

 ― 苦しい時にすがれる対象があることは、救いになると思います。これから苦労が多くあるだろう小僧にそのような対象ができて良かったです。どうか良い大人に育ってほしいです。

自分は鼠の最期を見る気がしなかった。(略)自分は淋しい嫌な気持になった。あれが本統なのだと思っ た。自分が希っている静かさの前に、ああいう苦しみのある事は恐ろしい事だ。(城の崎にて 32頁)

人を喜ばす事は悪い事ではない。自分は当然、或喜びを感じていいわけだ。ところが、どうだろう、この 変に淋しい、いやな気持は。(略)丁度それは人知れず悪い事をした後の気持に似通っている。(小僧の神様 142頁)

 ― 今回の課題作は、つまるところ、「淋しさ」の表現をどう読むかに集約されると思います。両方とも「 淋しさ」と「いやな気持」をセットで書いています。自分の感情に対して「淋しいなぁ」で終わらせるので はなく、「淋しいなぁ。これは嫌な気分だ」とまで続けられるのは、やはり著者が真の作家だからでしょう 。

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参加くださったみなさま、今回もいろいろなご意見と楽しい時間をありがとうございました! 読書会で取り上げなければ、「つまらない…」という浅い感想だけで終わっていたであろう志賀直哉(小声)、みなさんと読むことができて良かったです。

8月は、横溝正史の『獄門島』が課題図書です。

まだまだ暑い夏が続きそうなので、怖い本で気持ちだけでも涼しくなりましょう!

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