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【第9回名作劇場 読書会開催レポート ~『月と六ペンス』サマセット・モーム ~ 】

課題本:『月と六ペンス』サマセット・モーム


【第9回名作劇場 読書会開催レポート】

2018年2月23日(金)19時30分~@ 銀座珈琲 数寄屋橋店

~ 『月と六ペンス』サマセット・モーム ~

1919年出版、モーム45歳のときの作品。

-ある夕食会で出会った、冴えない男ストリックランド。ロンドンで、仕事、家庭と何不自由ない暮らしを送っていた彼がある日、忽然と行方をくらませたという。パリで再会した彼の口から真相を聞いたとき、私は耳を疑った。四十をすぎた男が、すべてを捨てて挑んだこととは。- ※※ 以下、ネタバレを含みますのでご注意ください。 ※※

(以下はすべて、 新潮文庫 金原瑞人訳を引用)

2月は、イギリスの人気作家モームの代表作にして世界的ベストセラーの『月と六ペンス』を課題本に読書会を開催いたしました。

■ストリックランドの情熱

傲慢なまでに自分の欲望に従い、あまりに一途に「描くこと」だけを追い求めたその情熱に、心揺さぶられたという声が多く聞こえました。そんなストリックランドが羨ましくもあると。

全てを捨てたストリックランドが放った「描かなくてはいけないんだ」(79頁)という力強い言葉、ここのくだりは参加者みなさんの間でも人気の場面でした。

そんな強烈なストリックランド像しか知らないため、冒頭で語られる「退屈な男」評には違和感を感じる声も。それまでのストリックランドの「平凡」な生活がみなさん想像できず、溜めていた感情が爆発したのかなどと巡らせていると、「月を見ちゃったから」という意見がポツリ。なんだか妙に納得してしまいました。そうか、月を見ちゃったんだな。

遠く離れた地でようやく見つけた在るべき場所で、死の間際まで絵筆を握ったストリックランド。その最期は壮絶なものでしたが、みなさん口を揃えて仰ったのは「幸せだったはず」という言葉でした。 

■ひとりストルーヴェ推し

「たとえマムシに噛まれても、彼はなにも学ばない。痛みがおさまればすぐに、やさしくマムシをつかんで自分の胸に置いてやるはずだ。彼の人生は、喜劇的に演出された悲劇だった。」(109頁)

個人的にはストリックランドよりストルーヴェに魅力を感じてしまった主催者。熱いストルーヴェ語りを期待していたら、みなさんからは「1番嫌い」「気持ち悪い」と散々な言われよう…

どんなに惨めに見えようと笑われようと分かっていても、道化にしかなれないストルーヴェ。「なぜ彼のような人が幸せになれないんだ!」と憤りの声を上げたのはもちろん私だけでした。オランダで小さな幸せが待っていますように…

■モームの女性観

「同じ話をしつこく繰り返すなどという芸当は女にしかできない。」(81頁)

「女は恋愛くらいしかできないから、ばかばかしいほど愛を大事にする。」(247頁)

などなど、語り手の<わたし>とストリックランドの口を借りてのモームの女性観が辛辣で辛辣で、なにか苦い思い出でもあるのかモーム先生…

そして、嫌われキャラかと思いきや、肯定的な意見が出たのはストリックランド夫人。彼女には彼女なりの信じるものがあり、それを守ろうとする姿は嫌いにはなれないという声が。「豊かな人生が、夫人にとっての信仰だったのでは」という意見が印象的でした。

女性で唯一ストリックランドから認められたアタは、「超越した存在」と仰った方もいました。

■訳の違い

今回集まった訳本は、金原瑞人訳(新潮文庫)と土屋政雄訳(光文社古典新訳文庫)。

1か所注目が集まった訳が、病気で寝込んでいたところに駆けつけたストルーヴェに対してストリックランドが放った次の一言。

「失せろ」 金原瑞人訳(新潮文庫)

「うるさい」土屋政雄訳(光文社古典新訳文庫)

キャラがちょっと違う…とざわつき、原文を確認すると、さらに上をいく、"Go to hell" !

どちらの訳も読みやすかったと好評でしたが、読み比べをしたらまた違う印象になりそうで面白そうです。

※ちなみに、本屋で立ち読みした行方昭夫訳(岩波文庫)は、「うるせえな」でした。

■「月」と「六ペンス」が表すこと

解説でも、「月=美、六ペンス=世俗」だったり、月に憧れ続けて足元の六ペンスには気づかないという「月=理想、六ペンス=現実」だったり、タイトルの解釈はさまざまあるようですね。参加者の方の中でもいろいろな捉え方があって面白かったです。

個人的には「六ペンスだけを握りしめて月だけを求めたストリックランドの姿」にも見えたのですが、いやいや、六ペンスすら「捨てて」月を求めたと感じた方も。はたまた、六ペンスを「希望」と捉えた方もおり、「たった六ペンスでも何かに変わる力を持っている」という考察は、ストリックランドの生き方にも繋がるようで深みを感じました。

■作品のメッセージ

モームが伝えたかったこととして、主に2つの意見があがりました。

1.何を始めるにしても、遅すぎることはない

「もう四十じゃないですか」「だから、いましかないと思ったんだ」(76頁) 40歳にしてすべてを捨てて「描く」ことを選び、47歳でタヒチへ旅立ったストリックランド。希望に満ち満ちた再出発でもなく、悲哀が漂う再出発でもなく、当たり前のように新しい世界に飛び込んだその姿は、やはり私たちには格好よく眩しく映るのです。

2.自分の価値観・信念・魂のままに生きるべし

「成功の意味はひとつではない」(312頁)と文中にもあるように、様々な価値観を持った人物が登場します。目に見える幸福だけが幸福ではなく、成功の尺度も人それぞれ、他人から理解されなくても信念を貫けばいいというメッセージに聞こえます。

◆◆◆ 参加者イチオシの一文 ◆◆◆ わたしはあくまでも自分の楽しみのために物語を書く。ほかの目的を持って小説を書こうとする者がいれば、それは大ばか者だ。(17頁)

 ― この二文に、本書のすべてが凝縮されていると思います。「創作せずにはいられない人」の声を聞いた気がしました。

「おれは、描かなくてはいけない、といっているんだ。描かずにはいられないんだ。川に落ちれば、泳ぎのうまい下手は関係ない。岸に上がるか溺れるか、ふたつにひとつだ」(79頁)

 ― パッションがストレートに表れた言葉。自分の現状と重なった。

「みんながあなたのように振る舞ったら世界は回らなくなるでしょう」「ばからしい。おれのように振る舞いたいやつなんかいるものか。たいていの人間は退屈な生き方に満足してるんだ」(88頁)

 ― テンポがよく、ふたりの皮肉の応酬が面白い。

義憤に駆られること自体が私には少し気恥ずかしい。義憤には必ず自己満足が忍び込んでいて、多少なりともユーモア感覚のある人間ならなるべく敬遠したい感情だ。(光文社古典新訳文庫215頁)

 ― 物語の核心ではないけれどグサッときた言葉。怒りっぽい性格なので、反省しなきゃと思いました(笑)

わたしたちはみな、たったひとりでこの世界に存在している。(257頁)

 ― 音楽をやっていたので、言葉で伝えられず他の手段で表現しようとする気持ちが分かる。

わたしたちは、心にしまった大切な思いを伝えようと悲しいほどに骨を折る。だが、相手にはそれを受け取る能力がない。だからわたしたちはいつまでも孤独で、相手がすぐそばにいながらひとつになれず、相手を理解することも自分を理解してもらうこともできずにいる。(258頁)

 ― 日々感じている「伝わらないもどかしさ」が切ないほど代弁された文章。

生まれる場所をまちがえた人々がいる。(略)生まれた土地にいながら異邦人なのだ。(略)その地で、彼はようやく安らぎを手に入れる。(305頁)

 ― 自分も「懐かしい」「帰りたい」と思ったことがあるので共感。ストリックランドは幸せに死んでいったんだなぁ。

「信仰です。信仰がなければわたしたちは途方に暮れていたでしょう」(336頁)

 ― 自分の中にもたしかに信仰=信じるものがある。

そのほかにも、モームの人間を観る鋭さやシニカルな視点は名文が多く、次の「美」についての言葉も推したい一文。

人はみな、美についてあまりに軽々しく話す。適切な表現を考えることもせず、安直に美しいといい、美が持つ力を失わせてしまう。(略)そのくせ、いざ本物の美を前にしたときには気づかずにいる。見解の軽薄さをごまかそうと、口先ばかりの美辞麗句を並べた結果、自分たちの感受性を鈍らせてしまうのだ。

まるで、「かわいい」「やばい」が乱発される現代のことを言っているかのようでドキリとしました。高めよう感受性。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 読書会の最後で、今年移住することが決まっていると発表してくださった参加者の方がおり、一同驚愕。リアルストリックランドがここにいらっしゃいました。

ご自身でも重なる部分があると仰っていましたが、人生の岐路に立ったときにこの作品を読むとまた重みを増すんだろうなと最後に感じました。新しい出発に幸多からんことを…!

ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました!

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